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平井聖天
関東の三聖天の一つ
正しくは「燈明寺」といい、八代将軍吉宗の治世である享保13年(1728年)、将軍が鷹狩りで立ち寄った際に、食事をととのえるための御膳所とされた。 後に御朱印寺の格式が与えられた。聖天とは大聖歓喜天の略で、浅草の待乳山聖天、埼玉の妻沼聖天と並ぶ関東三聖天として知られている。境内には歌人で小説 「野菊の墓」の作者として有名な伊藤左千夫が設計した茶室がある。(平井6-17-30)
平井聖天
諏訪神社
「富士塚」に登頂参拝
古くから富士山は霊山として信仰が篤かったが、江戸時代になると富士講を作って多くの町人・農民が参加した。境内にある「富士塚」は大正9年頃の造立とみ られる。これは富士山詣での代用の富士で、こうした塚は江戸近郊各地に数多く存在する。江戸川区には逆井の浅間神社にも、高さ5メートル余りの富士塚があ る。(平井6-17-36)
諏訪神社
善通寺
「中将姫伝説」が息づくお寺
本尊は、中将姫が織ったという蓮糸織阿弥陀如来曼陀羅。中将姫とは奈良時代の右大臣藤原豊成の娘で、帝が后に望んだほどの美女。しかし、継母によって身の 危険にさらされ、世の無常を感じて大和の当麻寺に入って尼になり、蓮の茎から取った糸で曼陀羅を織ったといわれている。ここの如来像は、房総・常陸に君臨 した千葉氏の基礎を築いた千葉常胤の本尊であったとされている。(平井1-25-38)
善通寺
最勝寺
五色不動の一つ「目黄(めき)不動」
荒川の堤防沿いにある天台宗の寺で、通称「目黄不動」として知られる。不動信仰は江戸時代に大流行したもので、五色不動は徳川家光が江戸の五街道を守るた めに設置した。目黒の滝泉寺(目黒区)、目白の新長谷寺(豊島区)、目赤の南谷寺(文京区)、目青の教学院(世田谷区)と、ここの目黄不動といわれてい る。不動坐像は高さ117cmの立派なもの。(平井1-25-32)
最勝寺







