※このホームページのデータは2006年12月1日現在のものです。


古利根沼
昔の利根川の面影をとどめる
明治45年(1912年)の利根川流路改修工事によって取り残された、旧利根川の河道。今は、沼周辺の貴重な自然が保全され、散策路を歩きながら往時の岸辺の風景を偲ぶことができる。沼の南東にある丘陵は「芝原城址」。中世城郭としての空堀、土塁などの遺構が残る。戦国時代には“河村”氏の居城であったといわれている。
古利根沼
葺不合(ふきあえず)神社
神話を刻んだ見事な彫刻
深い木立の中にあり、鵜葺草(うがや)葺不合尊を祀る神社。明治41年(1908年)、元は厳島神社であった現地に合祀されてきた。村人が総出で引いてきたという本殿は、“天の岩戸”や“神武東征”などの日本神話にちなんだ精緻な彫刻により四面が飾られている。境内には“相馬霊場七十七番札所”も置かれている。
葺不合(ふきあえず)神社
将門の井戸
“平将門”伝説の地
平安時代中期におきた“将門の乱”で有名な平将門と、我孫子市のつながりは深く、とくに日秀(ひびり)地区には将門に関する伝承がいくつも伝えられている。「将門の井戸」もその一つ。承平年間に将門がひらき、軍用にも供したと伝えられている。すぐ近くには「将門神社」がある。祭神はもちろん平将門だが、社殿はなく鳥居の奥にひっそりと石殿が祀られている。
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相馬霊場めぐり
江戸庶民の巡拝で賑わう
江戸時代中期、取手(茨城県)の「長禅寺」が“新四国相馬霊場”を開いたといわれている。当時、弘法大師の四国八十八ヶ所霊場までは行けない江戸の町民や近在農民たちが、巡拝に訪れて賑わいをみせたという。我孫子市にはそのうちの27ヶ寺の霊場があり、湖北駅周辺でも第51番「法岩院」、第73番「正泉寺」、第76番「龍泉寺」などがある。
法岩院は、芝原城主“川村出羽守勝融”により開かれた寺。本堂の大黒柱には、明和元年(1764年)の墨書があり、大師堂には見事な龍の彫刻が見える。
法岩院「大師堂」









